最高裁判所第三小法廷 昭和32年(オ)949号 判決 1960年8月30日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人森田重次郎の上告理由第一点について。
論旨は、原審が本件訴願書原本を不存在のものとしながら、本件訴願の提起を認めて居るのは、原審に理由齟齬の違法あるに帰すると主張する。
しかし、訴願書は、訴願提起のため必要とするものであり、その際存在すれば足りるのであつて、仮にその原本が喪失しても、その写があれば、それによつて訴願の理由となつた事項が明確にせられるのであるから、それに基づいて裁決するに妨げない。而して原審は、本件訴願が訴願書により提起せられたけれども、後に至り右訴願書の原本が喪失したため、その写であることに当事者間争のない書面その他に基いて本件裁決がなされた事実を確定して居る。されば、本件訴願の理由となつて居る事項が写により明確になつて居るのであるから、その写に基いて本件裁決のなされたのは、適法である。以上と同趣旨に出て居る原審の判断は正当であつて、原審に書の違法がない。
論旨は、理由がない。
同第二点について。
論旨は、原審が本件裁決を認容したのは、実験則に違反するのみならず訴願法八条の宥恕事由につき審理を受ける上告人の権利の実現を妨げたものであり、憲法三二に違反すると主張する。
本件訴願が訴願書により提起せられたけれども、後になり右訴願書の原本が喪失したため、その写に基いて本件裁決がなされたこと、その写により本件訴願の理由となつて居る事項が明確にされたものであることは、前述の通りである。したがつて、本件訴願の審理が不可能であるとなし得ないこと、論をまたない。
尤も、原審の事実認定によつては、本件訴願書が処分庁を経由して提出されたか否か、これに処分庁の弁明書が添附せられて居つたか否かは、明かでないけれども、本件訴願書には、訴願の理由となつた事項の記載あることは、その写により認め得られ、その事項により本件訴願の対象は特定せられること、当然である。されば、仮に本件訴願書が処分庁を経由しないで直接訴願庁に提出せられ、したがつて本件訴願書に処分庁の弁明書が添附せられて居らなかつたとしても、これがため訴願の審理の対象を欠き、引いてはその審理か不可能となるものとなし得ない。それのみならず訴願法が訴願提起につき、訴願書の処分庁経由と処分庁の弁明書添附とを要求するのは、処分庁に反省の機会と処分の正当性を弁明する機会とを得しめる趣旨より出て居るものであつて、直接訴願人の権利を保護する目的より出たものではない。それ故、処分庁を経由しない又は弁明書の添附せられない訴願書を訴願庁が受理して裁決しても、その裁決が訴願人の権利を害し、違法のものであるとはいえない。原審が本件訴願書の処分庁経由の有無、弁明処分添附の有無を明白にしないままで、本件訴願の裁決を適法と判示したことに、違法がない。また、所論宥恕事由の有無は、弁明書における必要的記載事項に属するものではなくして、訴願庁が職権を以つて調査すべき事項であるから、弁明書の添附をしなかつたことを以つて、所論宥恕事由に関する審理の機会を奪つたものとするは当らない。
違憲の主張は、右機会の剥奪を前提とし、しかもその前提を欠くに帰する。
論旨は理由がない。
同第三点について。
論旨は、原審に判例違反、理由不備、理由齟齬の違法があると主張する。
しかし、論旨引用の判例は、刑事訴訟手続に関するものであつて、訴願法による裁決手続に関する本件には適切でない。その他原審に所論の違法なく、論旨の理由ないことは、既に本上告理由第一点、第二点について説明した所により諒解すべきである。
同第四点について。
論旨は、原審が訴願審理の原則に違反するのみならず、訴願の適法性につき審理を尽して居らぬ旨主張する。
しかし論旨は、原判決を正解しない所から出て居る。原審は、本件訴願が訴願書により適法に提起せられたけれども、右訴願書原本の喪失のため、訴願庁に保存されたその写により、右訴願書原本に記載せられた訴願の理由となつた事項を覚知した上、その事項を対象として審理裁決したものであるとの趣旨を判示して居るのである。また同(3)の(イ)(ロ)所論の如き手続の履践せらるることは、望ましいとしても、それがなかつたからとて訴願の審理が違法となるとはいえない。原審に所論の違法を見出せない。
論旨はすべて理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔)